音楽療法という言葉を耳にしたことはありますか?音楽には、心を穏やかにする力や、集中力や認知機能を高める力があります。例えば、子どもと一緒に手遊び歌を楽しんでいると自然と笑顔になりますよね。また、仕事で疲れた日の帰り道に好きな曲を聴くとリラックスできます。こうした音楽の働きは、リハビリテーションの現場でも音楽療法として活用され、子どもや高齢者の支援にも役立てられていますよ。この記事では、音楽療法の効果や種類、実際の取り入れ方についてわかりやすくご紹介します。
音楽療法とは?
音楽を用いて障害の改善を目指す療法

音楽療法とは、音楽の力を活かしながら心や身体の状態を整えたり、障害による困りごとの改善を目指したりする療法です。音楽には、自律神経に働きかけて気持ちを落ち着かせる作用があり、不安な時や緊張している場面でも、心をほぐしてくれることがあります。また、歌唱や楽器演奏には、呼吸機能や体力の維持、集中力の向上なども期待できますよ。このように、音楽が持つさまざまな働きをリハビリテーションや支援の場で活用していく取り組みを、音楽療法と呼びます。
音楽療法の歴史
20世紀のアメリカで効用が認められた
音楽に人の心身を癒やす力があることは古来より知られていますが、現代のような学問的・臨床的な療法として体系化されたのは、20世紀のアメリカでした。その大きな転換点となったのは、第二次世界大戦です。戦場から帰還した兵士たちは身体的な負傷だけでなく、深刻なトラウマ(PTSD)や精神的な疲弊に苦しんでいました。軍病院を訪れた音楽家たちが演奏を披露した際、患者たちの情緒が安定したり、痛みが和らいだりといった驚くべき反応が見られたのです。音楽の効用が医学界で認められるにつれ、アメリカでは急速に専門化が進みました。
音楽療法の効果
身体的な効果
運動機能の向上
音楽療法の1つ目の身体的な効果は、運動機能の向上です。音楽療法の分野の中でも効果が認められているものに、リズム聴覚刺激があります。実験では、脳卒中後の麻痺やパーキンソン病の患者において、一定のリズムに合わせて歩行訓練を行うことで、歩行速度の向上や歩幅の安定などの効果が認められました。人間の脳には、外部のリズムに運動リズムを同期させる特性があります。聴覚からのリズム刺激が、脳の運動制御を司る領域を直接活性化させるのです。ただし、効果は対象者がその音楽に対してどのような感情を抱いているか(音楽的嗜好)に左右される側面があります。
参考:https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K11298/
痛みの緩和

音楽療法の2つ目の身体的な効果は、痛みの緩和です。痛みは脳で知覚されますが、音楽がその伝達プロセスに干渉することが分かっています。意識が音楽に向くことで、痛みに対する認知的・感情的な集中が分散され、結果として痛みへの耐性が高まると考えられています。また、音楽を聴くことで、体内で自然な痛み止めとして機能するエンドルフィンやドーパミンが分泌され、身体的な苦痛が緩和されることが科学的に示されていますよ。
睡眠の質の向上
音楽療法の3つ目の身体的な効果は、睡眠の質の向上 です。音楽が自律神経系に働きかけることで、入眠を助け、眠りを深くする効果が多くの研究で示されていますよ。1分間に60〜80拍程度のスローテンポで、リズムの変化が少ない音楽を聴くと、交感神経の活動が抑制され、副交感神経が優位になります。 これにより、心拍数や血圧の下降、呼吸の安定や筋肉の弛緩が引き起こされます。これらの変化は、入眠に必要な心身の準備状態を整えることに直結します。 また、途中で目が覚める中途覚醒の減少の効果もあり、睡眠全体の効率が高まる傾向が確認されています。
自律神経系が整う

音楽療法の4つ目の身体的な効果は、自律神経系が整うことです。自律神経の健康度を示す指標の一つに、心拍変動(Heart Rate Variability: HRV)があります。上記でも説明した通り、音楽には、心拍数や血圧などを低下させる効果があります。これにより、交感神経と副交感神経のバランスが整えられることで、心拍の間隔が状況に合わせて変化する(HRVが高い)状態が促進されることが研究で示されていますよ。これは、自律神経が環境の変化に対して柔軟に適応できていることを意味し、ストレス耐性の向上に効果を発揮します。
精神的な効果
ストレスの低減

音楽療法の1つ目の精神的な効果は、短期的なストレスの低減です。多くの研究で、リラクゼーションを目的とした音楽鑑賞や楽器演奏により、ストレスに反応して分泌されるコルチゾールというホルモンの濃度が低下することが確認されています。 さらに、好きな音楽を聴いたり演奏したりすることで、神経伝達物質のドーパミンやオキシトシンというホルモンが脳内で分泌され、精神的な幸福感をもたらしますよ。他にも、楽器を叩いたり歌詞に共感したりすることで、抑圧された感情を安全に解放することができます。特に、自分の気持ちを言語化することが苦手な方にとって、強力なストレスケアとなるでしょう。
気分転換
音楽療法の2つ目の精神的な効果は、気分転換です。音楽は、食事などの人間が生存に不可欠な活動を行った際に活性化する脳内の報酬系回路(中脳辺縁系)を刺激します。これにより、抑うつ的な気分から、快感や期待感、充足感を伴うポジティブな気分への切り替えが促されますよ。また、音楽療法には現在の気分に合わせた音楽を聞き、徐々に目的とする気分へと導くという技法があります。 例えば、沈んだ気分の時に無理に明るい曲を聞くのではなく、まずはその時の悲しみに共鳴する静かで沈んだ曲を用います。 そうすることで、自分の感情が音楽によって肯定される感覚が安心感を生み、感情の固執を解くきっかけとなるのです。
参考:https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2024/06/64429/#toc_02
社会的な効果
コミュニケーションの促進

音楽療法の1つ目の社会的な効果は、コミュニケーションの促進です。音楽は、非言語的なコミュニケーションツールとして、言葉による意思疎通が苦手な人でも、他者とのつながりを再構築する助けとなります。 楽器を一緒に演奏する、リズムを合わせるといった活動は、会話に似た構造を持っています。これにより、他者の存在を認識し、自己の意思を音で伝える練習となりますよ。 自閉スペクトラム症の子どもたちにおいて、音楽を介した相互作用が、他者への注目や共同注意の頻度を高めることが複数の研究で示されています。
孤立の防止
音楽療法の2つ目の社会的な効果は、孤立の防止です。専門的な音楽療法の多くはグループで行われ、それが参加者にとっての居場所となります。 高齢者施設やリハビリテーションの現場において、合奏や合唱のメンバーとして役割を持つことは、個人の自尊心を高めます。自分はグループの一員であるという意識が芽生えることで、引きこもりや社会的疎外感の軽減に効果を発揮しますよ。 このように、音楽という共通の目的を持つことで、初対面や世代が異なる人であっても、自然な形で交流のきっかけが生まれるのです。
他者への意識

音楽療法の3つ目の社会的な効果は、他者への意識です。音楽を介した活動は、自分の世界に閉じこもりがちな状態から、外部へと注意を向け、周囲に合わせるトレーニングになります。また、合奏や合唱などの活動の、自分の音を出しながら同時に人の音を聴くというプロセスは、社会的な相互作用の基礎となりますよ。他者のテンポや音量を感じ取り、それに自分の演奏を合わせる活動を通じて、自己と他者の境界を認識し、適切な距離感やタイミングで関わる能力が養われます。言葉による促しよりも音楽を通じたアプローチの方が、他者への注目や共同作業の開始がスムーズに行われるのです。
音楽療法の実践方法
音楽を聞く

音楽療法の1つ目の実践方法は、音楽を聞くこと(受動的音楽療法)です。受動的音楽療法は、自分で演奏や歌唱を行うことが困難な方や、深いリラクゼーションを必要とする方に適したアプローチです。最初に対象者に合った音楽を聞きます。例えば、リラックスを促すためにスローテンポなクラシック音楽や自然の音を含んだ音楽や、感情を明るくするために活気あるポップ音楽などが使われることがありますよ。他にも受動的音楽療法には、以下のような活動を組み合わせて行うこともあるようです。
・呼吸法
・イメージ療法
・記憶療法
歌を歌う

音楽療法の2つ目の実践方法は、歌を歌うことです。これは能動的音楽療法に分類され、自分自身の体を使って音を生み出すことで、身体や認知、精神の各方面に直接的な刺激を与える手法です。例えば、大きな声を出して歌うことは、肺活量の維持や横隔膜の強化に繋がりますよ。また、喉の周囲の筋肉を動かすため、高齢者の誤嚥(ごえん)防止に向けた口腔ケアの一環として導入されることもあります。
情景にあった場面を起草する
音楽療法の3つ目の実践方法は、情景にあった場面を起草する活動です。これは専門的には音楽想起や、より体系化された技法である音楽によるイメージ誘導法として知られています。音楽は言葉を介さずに脳の情動領域(大脳辺縁系)を直接刺激するため、過去の記憶や無意識下の感情を呼び起こす力が強いことが分かっていますよ。この活動は、単なる想像力の訓練ではなく、音楽を通じて穏やかな風景やポジティブな場面を起草することで、自律神経の安定を図ることを目的としています。
楽器を演奏

音楽療法の4つ目の実践方法は、楽器を演奏する活動です。楽器演奏は、楽しみながら体を動かせるため、運動機能の向上や人との関わりを増やすきっかけづくりにも役立つ方法です。例えば、タンバリンやマラカスは軽く振るだけでも音が出るので、楽器に慣れていない方や小さな子どもでも安心して取り組めますよ。また、しっかりと音を鳴らせることで気持ちを表現しやすくなり、発達障害のある方の感情コントロールをサポートする場面も見られます。さらに、指先を細かく動かしたい場合には、ピアノやハーモニカなどの鍵盤楽器もおすすめです。
ダンスを踊る
音楽療法の5つ目の実践方法は、ダンスを踊る活動です。音楽療法とダンスを組み合わせたダンスセラピーは、音楽のリズムに合わせて体を動かすことで、全身持久力や心肺機能が向上します。他にも、音楽を聞いて身体を動かすことは前頭前野を刺激し、認知症の症状改善や予防に役立つとされていますよ。そのためダンスセラピーは、高齢者の認知症ケアやパーキンソン病のリハビリ、子どもの発達支援など幅広い分野で活用されています。
音楽療法はどうやって受ける?
主に病院や施設で受ける
音楽療法は、主に病院や施設で受けることができます。病院では、医学的な治療を補完する目的で音楽療法が行われます。 具体的には以下のような場所です。
・リハビリテーション
・精神科
・小児科
一方、福祉分野では生活の質の維持や社会性の形成を目的とした活動が主流で、以下のような施設で行われます。
・障害者支援施設
また、医療や福祉以外でも、以下のような場所で受けることが可能です。
個人の音楽療法スタジオ:フリーランスの音楽療法士が、個別のセッションを提供している
在宅(訪問):音楽療法士が自宅を訪問してセッションを行う
音楽が害を及ぼす可能性は?
音楽の音量で耳への悪影響

音楽が害を及ぼす可能性は、一般的には示されていません。ですが次のような点には注意が必要です。1つ目は、大音量の音楽の耳への悪影響です。大音量の音楽を長時間聴くことで、耳にある音の振動を電気信号に変えて脳に伝える有毛細胞が損傷します。この有毛細胞が死滅したり損傷したりすると、音を感じにくくなり難聴を引き起こす場合も。また、この有毛細胞は現代医学では再生することができません。近年では、イヤホンやヘッドホンの普及により、こうしたリスクが大きくなっています。音楽療法や日常の音楽鑑賞においては、これらの物理的なリスクを避けるために、音量制限の活用や耳を休ませる時間を設ける必要がありますよ。
曲や音楽によっては苦痛を感じる可能性

2つ目の注意点は、曲や音楽によっては苦痛を感じる可能性がある点です。音楽は個人の記憶や感情と密接に結びついているため、特定の状況下ではポジティブな効果とは逆の反応を誘発する可能性があるのです。 音楽は脳の大脳辺縁系という部分に直接作用し、情動的な記憶を強く呼び起こす特性があります。 そのため、事故や事件、喪失体験などの出来事の際に流れていた音楽や、その時期によく聴いていた音楽は、当時の感情を再体験させる引き金になることも。また、悲しみの中にいる際、その感情を無視するような明るく活発な音楽を聴かされるなど、心理状態と音楽の性質が乖離している場合は苦痛を感じることがあります。
長時間の楽器演奏で痛みや怪我の可能性
3つ目の注意点は、長時間の楽器演奏で痛みや怪我をする可能性です。楽器演奏は、特定の筋肉や関節を繰り返し使用するため、過度な負荷がかかりやすい活動です。 そのため、長時間演奏を続けることで、
・反復性全般損傷
・筋筋膜性疼痛症候群
・手根管症候群
といった怪我や病気につながる可能性がありますよ。ただし、痛みや怪我は、単に時間だけでなく、過剰使用や不適切な姿勢と無理な力み、楽器の適合性などの要素が複合的に絡み合って発生します。
音楽療法はどんな人におすすめ?
子どもから高齢者までどんな人でも有効
音楽療法は、子どもから高齢者までどんな人でも有効とされています。例えば、発達段階にある子どもに対しては、教育的、発達支援的な目的で活用されます。一方で、成人や高齢者に対しては、主に医学的疾患のリハビリやメンタルヘルスの維持、機能維持や生活の質の向上に焦点が当てられます。ただし、どんな人にも必ず有効であるとは断定されていません。なぜなら、効果の感じ方には個人差があり、障害の特性や健康状態、音楽への興味関心によっても反応は異なるからです。そのため、音楽療法は一人ひとりの状態に合わせて行われることが大切なのです。
音楽療法士とは?
音楽療法を行うプロ

音楽療法は、音楽療法士がプロセスに基づいて、対象者のニーズに寄り添いながら実施・評価を行います。 以下は、音楽療法の流れの例です。
アセスメント:対象者の身体や精神の状態を把握し、音楽に対する反応や好みを調査
プランニング:個別の目標(例:歩行速度の改善、不安の軽減、発語の促進)を設定し、それに基づいた具体的な音楽技法を選択
実施:プランニングをもとに対象者の当日の状態に合わせてセッションを進める
モニタリング・評価:活動中の反応を記録し、設定した目標に対する進捗を評価
民間資格
音楽療法士の資格は、国によって制度が異なり、日本では民間資格が中心となっています 。なかでも広く知られているのが、一般社団法人日本音楽療法学会が認定している資格です。日本で音楽療法士を目指す場合は、学会が認定した専門学校や大学で学ぶ必要があります。例えば、3年制の専門学校や4年制大学などで専門知識を身につけていきますよ。学校で必要な単位を修得したうえで、筆記試験や実技試験に合格したら音楽療法士としての認定を受けることが可能。時間をかけて学びを積み重ねながら、人の心に寄り添う力を育てていく資格です。
まとめ
音楽は様々な症状を緩和できる
今回は、音楽療法の効果や実践例、受けられる場所などを説明してきました 。音楽療法は、20世紀のアメリカでその効果が再発見されて以来、現代医療や福祉の現場において欠かせない補完療法です。 単なる癒やしや娯楽に留まらず、身体や精神、社会的な多方面にわたる効果が期待されています。音楽療法士というプロが行う治療とは異なりますが、この記事を参考に、セルフケアとして生活に音楽を取り入れてみてはいかがでしょうか。


