発達障害は、近年において多くの研究が進められている分野であり、その原因には環境要因だけでなく、遺伝的要因も関与していると考えられています。家族の中に発達障害を持つ人がいる場合、遺伝による影響を将来心配される方もいるかもしれません。例えば、親が発達障害を抱えていると、自分の子供にも影響があるのではないかと不安を感じることもあるでしょう。しかし、遺伝と発達障害の関係については、憶測による誤解が広まることも多々あるのです。この記事では、発達障害の遺伝の可能性や影響について、現時点での研究結果を基に詳しく解説していきます。発達障害と遺伝の関係について正しい知識を持ちたいとお考えの方は、ぜひ参考にしてみてくださいね。
発達障害とは?
脳の機能障害により発症する先天性の障害
発達障害とは脳の機能障害により発症する先天性の障害とされています。発達障害者支援法には次のように定義されています。
第二条 この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/main/1376867.htm
発達障害は幼児のうちに症状があらわれることが多く、その症状は対人関係やコミュニケーションに問題があったり、落ち着きがなかったりと、子どもによって様々です。
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原因を明確に説明する医学的根拠はまだない
発達障害の原因とされている、生まれつき脳の機能に障害があらわれる現象を詳しく説明できる医学的根拠は、まだ解明されていません。発達障害は1つの要因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発生しているという説が、現代医学では最も有力とされています。一部の特性については、赤ちゃんの時の風疹感染などの感染症や遺伝子の異常などが影響するとも言われています。このように発達障害の原因は複雑なため、明確に説明できる根拠は現時点ではまだ発見されていません。また、一部憶測で語られている、親の育て方や愛情不足などが原因だというのは根拠のない噂です。
参考:https://doctorsfile.jp/medication/155
発達障害の種類は?
ASD
ASDとは「Autism Spectrum Disorder」の略で、日本語では自閉症スペクトラム障害と言います。ASDは、人とコミュニケーションをとるのが苦手だったり、こだわりが強かったりといった特徴を持つ発達障害です。特性のあらわれ方は、下記のようなことが挙げられます。
・流暢に話せるが双方向に会話を展開するのが苦手
・目と目が合わない
・相手の考えていることを読み取ることができない
このようにASDは、共通する特徴はあります。しかし、その特性のあらわれ方や程度は、一人一人違うのです。
参考:https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease06.html
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ADHD
ADHDとは「Attention Deficit Hyperactivity Disorder」の略で、日本語では注意欠如・多動症と言います。ADHDは注意を持続させるのが困難だったり、順序立てた行動をすることが苦手だったりといった特徴がありますよ。他にも次のような特性が挙げられます。
・待つことができない
・行動を制御することができない
ADHDは、これらの特徴が12歳以前からあり、学校や家庭、職場などの場面で困難が見られる場合に診断されることが多いです。
参考:https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease07.htm
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LD・SLD
LD・SLDとは「Learning Disabilities・Specific Learning Disorder」の略で、日本語では学習障害・限局性学習症と言います。LD・SLDは、文字をうまく読めなかったり、文字を書くのが苦手だったりといった特徴があります。具体的には、次のような特徴です。
・文字を正確に書くことが難しい
・筋道を立てて文章を作成するのが難しい
・数字の概念を理解するのが難しい
・結果から原因を推測するのが難しい
LD・SLDはこれらのうちの一つ、または複数の特徴がある状態のことを言います。
参考:https://www.otona-hattatsu-navi.jp/know/ld-sld/
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発達障害の診断方法
問診や心理検査などを通して医師が判断する
発達障害は、問診や心理検査などを通して医師が判断します。発達障害の診断は、精神科や心療内科などの発達障害を専門とする医師に診断して貰う必要があります。診断までの大まかな流れは次の通りです。
↓
発達障害の特性の種類や程度、日常生活への影響について確認する
↓
必要に応じて心理検査(発達検査、知能検査、人格検査)などを行う
↓
さらに必要に応じて認知機能検査や画像検査、脳波測定やIQ測定などを行う
↓
診断ガイドラインの基準に沿って発達障害と診断できるかを総合的に判断する
参考:https://www.otona-hattatsu-navi.jp/how/flow/
発達障害と遺伝子は関係あるの?
遺伝的な要因が関係している
発達障害と遺伝には密接な関係があるとされています。特にASDやADHDなどの発達障害は、いくつかの遺伝子の関連性が報告されています。親や兄弟が発達障害を持つ場合、同じ障害を持つ子どもが産まれるケースや、兄弟全員が発達障害であるケースは存在します。しかし、遺伝だけが原因ではなく、他の要因も複雑に絡み合っているため、一概に遺伝が全てを決定するわけではありません。
数百もの遺伝子が関連している
発達障害に関連する遺伝子は、特定の単一遺伝子ではなく、数百もの遺伝子が関連しているとされています。ただ、それぞれの遺伝子が発達障害の特定の症状や特徴にどのように影響を与えるのかといったメカニズムは、まだ解明されていない部分が多いのです。また、同じ遺伝子変異を持っていたとしても、全員が発達障害になるわけではなく、環境要因との相互作用によって発症すると考えられています。
遺伝子以外に環境要因も関係している
発達障害の発症には、遺伝子の他に、環境要因も大きく関わっていると考えられています。例えば、発達障害の一つである自閉症の環境要因には、次の要因が関連していると考えられています。
・水銀
・有機リン酸系農薬
・ビタミンなどの栄養素
・親の高齢
・妊娠週数
・生殖補助医療による妊娠
これらの環境要因と遺伝的な要因が相互作用することで、発達障害が発現する可能性が高まると考えられています。
参考:https://www.niph.go.jp/journal/data/59-4/201059040004.pdf
発達障害が遺伝する可能性は?
絶対に遺伝するとは言えない
発達障害は、遺伝的要因が大きな影響を与えることは多くの研究で示されていますが、必ずしも親から子どもへ直接遺伝するとは限りません。その理由として、次のようなことが挙げられます。
・親が発達障害だが健常な子どもが生まれるケース
・兄弟全員が発達障害であるケース
・両親が健常だが発達障害の子どもが生まれるケース
・兄弟のうち一人だけが発達障害を発症するケース
このように、発達障害は「絶対に遺伝する」とも「絶対に遺伝しない」とも断言することは出来ないのです。親の発達障害が子どもに遺伝する“可能性”という面で言えば、可能性はあると考えられますね。
発達障害が遺伝する確率は?
親から子どもに遺伝する確率は分かっていない
発達障害が親から子どもに遺伝する確率は、現在のところ明確に特定されていません。これまでに多くの研究が発達障害の遺伝的要因を示しており、親や兄弟が発達障害である場合、遺伝する可能性があることは知られています。しかし、その確率がどの程度なのかは個人差が大きく、遺伝子や環境の複雑な相互作用が影響しています。また、遺伝の影響が強い場合でも、環境要因も発症に重要な役割を果たすため、現時点では、遺伝する確率を明確に予測することは不可能とされているのです。
兄弟から遺伝する確率は20%~70%
アメリカの研究者の発表によると、自閉症スペクトラム障害は兄弟から遺伝する確率は約20%〜70%であると報告されています。
・二卵性双生児の兄弟で、もう一人も発達障害を発症する確率=31%
・自閉症スペクトラム障害の兄弟がいて、もう一人も発達障害を発症する確率=20%
これらの発表から言えるのは、遺伝子がほぼ同じである一卵性双生児でも、どちらも発達障害を発症する確率は100%ではないということです。発達障害を引き起こしている原因が、遺伝子だけであるとは言い切れないことがわかりますね。
発達障害の父親と母親からの影響は?
父親の年齢などが影響する
発達障害は、父親の年齢などが影響すると言われています。父親の年齢が高いと、自閉症スペクトラム障害が発症する可能性が高まると報告されているのです。ある研究によると父親の年齢が10歳上がるたびに、子どもが自閉症スペクトラムになるリスクが2倍以上になる可能性も示されていますよ。また、50歳以上で父親になった人は、20代前半で父親になった人と比較して、孫が自閉症スペクトラム障害を発症するリスクが1.67倍〜1.79倍であるという報告もあるようです。
参考:https://www.niph.go.jp/journal/data/59-4/201059040004.pdf
https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/1666654
母親が服用している薬などが影響する
発達障害は、母親が服用している薬なども影響すると言われています。子どもが発達障害を引き起こす可能性のある薬の一例は、てんかんを有する女性に処方される抗てんかん薬です。北欧の研究の報告の内容をまとめると、次の通りです。
ASD: 1.5%
知的障害: 0.8%
・母親がトピラマートとバルプロ酸の単剤療法を受けた場合
ASD: 4.3%
知的障害: 3.1%
このように、トピラマートやバルプロ酸という種類の薬は、子どもが自閉症や知的障害になるリスクを高くする可能性があると報告されているのです。
参考:https://www.med.gifu-u.ac.jp/neurology/column/medical/20220713.html
発達障害は男女で発症確率は違うの?
ASDは男性の方が多いと言われている
厚生労働省の報告によると、ASDの発生頻度は男性の方が女性の約4倍高いとされています。ただしこの数字は、女性の場合は社会的困難の現れが男性よりも目立たず、過小評価の可能性もあると追記されています。ある研究によると、ASDの遺伝的負荷は、自閉症スペクトラム障害の有無にかかわらず、男児の機能的連結性に影響を与えたが、女児には影響を与えなかったと報告されています。つまり、女性の脳の構造には、遺伝変異の耐性が男性よりも多く、発現率に影響している可能性があるということです。
参考:https://academic.oup.com/brain/article/145/1/378/6288451?login=false
ADHDは男女比率は学童期で3:1〜5:1と言われている
ADHDと診断される男女比は、学童期で3:1〜5:1と言われています。研究によると、男児と女児には症状の現れ方に偏りがあることが、この男女比の原因となっているとされていますよ。ADHDには、不注意優勢型や多動衝動優勢型、混合型の3つのタイプがあります。その中で、女児は「不注意優勢型」、男児は「多動衝動優勢型」の人が多い傾向があるとされています。これにより、女児の困り事が男児より表面化しづらく、見逃されてしまうことが多いのです。このことから、実際は男女比の差はもう少し小さいのではないかと言われていますよ。
参考:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7561166/
LD・SLDも男性の方が多いと言われている
LD・SLDと診断される男女比も2:1〜3:1と男性の方が多いと言われています。また、LD・SLDの中でも、識字障害と診断された男性の数は女性の数倍と言われています。なぜ男性の方が多くなるのか、その理由はまだ明確に証明されていませんが、差が生じる原因は次のようなものではないかと言われています。
・男女の社会的な期待や評価の違い
このように様々な要因が考えられており、現在も研究が進められています。
まとめ
発達障害は遺伝や環境などあらゆる要因が絡み合っている
いかがでしたか。今回は発達障害と遺伝の関係性について、あらゆる研究を交えて詳しく解説していきました。この記事の内容をまとめると、発達障害は遺伝だけでなく、環境などあらゆる要因が絡み合っているということが言えます。発達障害は、現在でも解明されていないことが多く、発症の詳しい原因や治療法などわからないことが多いです。そのため、現時点で発達障害は「絶対に遺伝する」とも「絶対に遺伝しない」とも言えません。そのため、これからも発達障害に関する研究は行われていくと考えられます。どんなときも、発達障害の子どもが安心して過ごせるように支援していきましょう。